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スクールバス

バス

スクールバスとは?

 北海道更別農業高校生徒の通学の便を図るために、「スクールバス保護者の会」が、相互扶助の精神のもとに運営している通学用のバスです。
 その歴史は古く、更別までの交通機関の整備されていなかった幕別町の生徒の通学のために、保護者が協力してバス会社と交渉、契約をおこなったのが始まりです。

現在の運行状況

幕別町から始まった、スクールバスも現在では幕別町だけではなく、帯広市、芽室町からもコースが設定され、合計3コースで運行。全校生徒の約6割の生徒が利用しています。また、コース設定は年度毎に更新されています。

料金について

 「スクールバス保護者の会」と「バス会社(北海道拓殖バス株式会社)」との年間契約金額を、利用者の数により均等割りで算出し、毎月の始めに学校に納入します。ただし金曜日・月曜日乗車の生徒(※金月利用=寮生の週末帰宅時に利用)については別途算出した金額を納入することになります。

平成30年度の例
毎日乗車 月額 25,000円
月曜・金曜のみ乗車 月額 7,500円
運営費 年額 1,000円
更別村から助成があります。
※相互扶助の精神のもとに運営されており、乗車距離による料金算定はおこなわず、利用者はすべて同一の料金です。

更農高スクールバスの歴史

 1982年まで、遠隔地の生徒は全て泉心寮に入寮し、土曜日の下校、月曜日の登校については更別新風会のマイクロバスを利用していた。ところが1983年度、入寮希望者が寮の定員を大幅に上回ったため、幕別方面の生徒をマイクロバスによって通学させることになった。これがスクールバスの歴史の始まりである。当時その名称を「幕別バス」といった。
 使用車両は更別新風会の25人乗りのマイクロバスで、料金は月17,000円、月の終わりに納入することとし、4月の料金納入のときに運営費1,000円を納めることとした。また生徒には任意による交通傷害保険加入が勧められた。また、寮の食事の斡旋もされた。利用生徒は17名で、父母の会の会長を五嶋秋正氏として運営された。コースは古舞から札内、幕別市街、南勢、五位、似平を経由して学校へ来るコースと、この逆回りをして学校に来るコースとを一月おきに運行していた。
 しかし白バスを利用することの問題点もあり、年度途中の9月より業者を帯広市の大一バスへ変更した。車両は29人乗りの小型バスで料金は月20,000円になった。利用生徒はこの時点で28名に増加、コースも帯広市内から札内、幕別市街、南勢、五位。似平を経由して学校へ来るコース1本になった。
 翌1984年度は年度当初より大一バスを利用、利用生徒は28名、コースも前年後期とほぼ変わりなかった。
 翌1985年度は利用生徒が増加、小型バスでは運行ができなくなったため中型バスを借り上げることとなった。ところがこれにより赤字になる可能性が出てきたため、上似平の3名に特に要望し、月10,000円で乗車してもらうことになり、利用生徒は全部で38名となった。この年度帯広市内からの利用生徒がいなくなり、始発が札内になったのと、上似平を経由することとなった以外にコースの大きな変更は無かった。またこの年度、会長は松岡秀美氏が務めた。
 翌1986年度、新入生のバス利用希望生徒で別途、古舞、依田方面の生徒が増加、これにより運行するバスの台数を2台に増やすことになった。1台は幕別の稲志別からほぼ従来のコースを運行、もう1台は帯広市内から札内、依田、途別、古舞、明倫、東和、上似平から学校へ到着するコースであった。利用生徒は幕別方面のコースが29名、札内方面のコースが22名であった。この年度の会長は小谷秀雄氏がつとめた。
 1987年度、札内方面のバスの始発が芽室町になった以外、とくに大きなコースの変更は無かった。ただし、芽室町の寮生から月曜日の登校時と土曜日の下校時にのみスクールバスに便乗したいとの要望があり、これに応じた。料金は月5,000円とした。利用生徒は幕別方面のコースが34名、札内方面のコースが28名(土・月のみ利用者3名)であった。この年度から料金を月の初めに納入することとした。
 1988年度、さらに利用希望生徒が増加したため、バスの台数を3台に増やした。1号車は新川から明野、猿別、新和、南勢、糠内、中里、駒畠を経由するコース、2コースは前年の札内方面のコースとほぼ同様、3号車は芽室から帯広市内、幕別、糠内を経由するコースであった。また土・月利用の生徒の料金を6,000円に改訂した。この年度から会長は、遠藤信志氏が努めている。利用生徒は1号車が22名、2号車が22名、3号車が25名、計69名となった。
 1989年度はほぼ前年と同じコースで運行された。利用生徒は1号車が26名、2号車が20名、3号車が27名の計73名となった。
 1990年度さらに利用生徒が増加したため、バスの台数を4台に増やした。3号車の出発地を札内として4号車として、帯広市内から大空、芽室市街、伏古、上帯広を経由する路線を設けた。利用生徒は93名となった。